キリン電波書簡

一方通行の手紙です

四十九通目

 前略

 相変わらずの暑さですが、体調など崩されていませんか。私はなんとか元気にやっています。
 一番の暑さ対策は冷房の効いた部屋で静かに過ごすことだと思いますが、それ以外にも様々な工夫がありますよね。

 私は暗闇に行ってきました。

 私の属性で暗闇というと別の隠語に捉えられかねませんが、純粋な意味での暗闇です。

 

 友人と出かけるにあたり、少しでも涼しいものはなかろうか と探していた中で出ていたのが「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」でした。

 以下公式サイトからの引用

ダイアログ・イン・ザ・ダークは、視覚障害者の案内により、完全に光を遮断した”純度100%の暗闇”の中で、視覚以外の様々な感覚やコミュニケーションを楽しむソーシャル・エンターテイメントです。

 引用ここまで。

 

 めっっちゃ面白そうじゃないですか?????

 七月からのプログラムは『涼をつくる夏』。もうこれしか無いと思いました。一日数回の開催で、各回最大八名までとなるので予約が結構早めに埋まります。とりあえず二週間前に予約し、無事に参加できました。(昨今急な体調不良とかがあるから予約ってちょっとリスキーですよね)

 場所はおしゃれホテルの二階。受付時は同行者含め全員本人確認が必要と、結構厳重。

 中には鍵付きの更衣室。素足になるよう指示があります。それからもちろん光るものは時計含めてNG。メガネも落としたときが大変なのでできれば外してほしいとのことでした。視力使わないからね。

 中で案内してくれるのは視覚障害者の方。とても気さくな方でした。参加者は私と友人の他に男女数名。

 最初の待機場所では仄明るい間接照明がありましたが、徐々に暗くなり本当の真っ暗闇になります。目が慣れれば見えてくるとかそういう生ぬるいものではありません。本当に一切見えない。

 暗闇になってから最初にやったことは、自分のニックネームを宣言すること。私は正直この段階で「あちゃー」って思ったんです。セミナーとかワークショップとかが正直あんまり好きじゃなくて、今回も純粋に暗闇が楽しみたくて来たので交流とか本当にどうでも良かったから、それが主体になってしまうのであれば絶対に楽しめないと思っていました。あと名前を覚えることが苦手なので聞いたそばから忘れていきますしね。

 結果的にこれは「絶対に必要」な要素です。

 頼れるものは音と感触のみ。どこに誰がいるかは油断するとすぐ分からなくなります。黙って気配を消してしまえばそこに「いない」のと同じなのです。ただ、私という肉体は間違いなくここに存在している。ぶつかれば危ない。だから、最初の注意事項の一つとして「自分の動作を声に出してください」というのがありました。「立ちます」「座ります」声からなんとなくその人がそこにいて何をしているのかというのが分かって安心できます。あと「(自分の名前)ここにいます」というようなことを度々宣言するので割と名前も覚えられました。幸いみんな積極的でいい人たちだったので楽しめたけどこの辺は運かな。顔が見えないから恥ずかしいとかもなくて結構大きい声出せました。というか出さざるを得ないんだ!!

 肩に手を置きながら歩いたり、低い入口の場所を次の人に触ってもらって伝えたり、視覚以外の要素をフルに活用して勧めていきました。この辺気になる人は気になるんでしょうけど、とりあえずそんなこと言ってる場合じゃないので接触に頼らざるを得ません。

 そして暗闇の中で初めて白杖を使ったのですが、触れたものの感覚ってこんなにも伝わってくるんですね。硬い、柔らかい、つるつるしてる、ざらざらしているというのが分かって楽しかったです。とはいえ外で使うのは大変なことも多いんでしょう。

 後は施設内の構造がわからないのでなんとなくのイメージを抱いていると、実はとんでもなく広い空間だった ということもままありました。

 手触り、足の裏の感触、匂い、音、味、記憶の中の光。普段液晶画面とにらめっこしてばかりなので、目を使わない体験というのがすごく新鮮ですね。プログラムとして純粋に楽しいし、自ら考えるきっかけにもなるしで説教臭さは全くありません。

 ぜひ皆さんも体験してみてください。

 

 プログラムが九十分なので、お昼を食べてからテート美術館展に行ってきました。本当に全く意図していなかったんですが「光に包まれる特別なアート体験」という完全に対の体験になっていたんだな。暗闇に慣れた目にはとても眩しかったです。

 

 しんどいことも多いのですが、少しでも楽しいことを増やして、すり減らないようにしていきたいです。秋が来たら秋らしいことをしたいですね。なんだろう。

 それではまた。

 

 草々